Ars Magicaリプレイ&紹介記事のレビュー (1997年執筆)

本論考は、1997年7月23日に発表されたものです。文中の趣旨が、現在の筆者の考察とは異なる場合もありますので、ご注意願います。

RPGマガジンNo.7所収 "アルス・マーギカ(Ars Magica)サンプル・リプレイ"
「ミストラルの訪ないに Unto the Advent of Mistral」(博林鮎麻呂・著)

はじめに

1990年10月に発行されたRPGマガジンNo.7(1990年11月号:特集・ファンタジーRPGにおける魔法)は、私の知る限り紙面で中世ファンタジーRPG「Ars Magica」を詳しく取り上げた我が国唯一の雑誌です。しかし原点ルールブックを読むと、その中に記された内容の幾つかが誤っていることが分かります。また、著者独特の難解な文章はこのゲームの理解を困難にし、また曲折しうる危険性も含んでいるように思われます。

以下に、この記事のどの部分にどのような問題があるかを記します。

資料

同記事はLion Rampant版を使用しておりますので、主に同社から出版されたArs Magica第二版と照合することとします。

  • Ars Magica(2nd Edition),by Jonathan Tweet&Mark Rein-Hagen,Lion Rampant 1989(以下、第二版)

また、同記事の後に第三版と第四版が出版されておりますので、重要な点に関してはそれらによって補足することとします。

  • Ars Magica(3rd Edition),White Wolf 1992(以下、第三版)
  • Ars Magica(4th Edition),Atlas Games 1996(以下、第四版)

Atlas GamesのWWWサイトへ

問題点

各問題点を、同リプレイ記事に表れる順に従って述べます。

1、キャラクターの作成

できたキャラクターは相互に交換してください。近頃、PCは自作自演ってスタイルに慣れすぎてる感があるけれど、プレ・タ・ポルテを自分なりに着こなすみたいに、できあいキャラクターの役づくりに集中するのもこのRPGの大きな愉しみのうちだよ。(中略)これみん~なトロウプ・プレイの一環です。(RPGマガジンNo.7(以下RPGM7),p.13)

できたキャラクターは交換しません。このことについてルールブックには次の記述があります。

Each Player creates a magus and a companion,which other players do not use.(第二版p.13)

この記事の著者はおそらくこの文の三行ほど後に出てくる次の一文を誤訳したもの推測されます。

Players switch off playing the roles of magus,companion,and grog in different stories.(第二版p.13)

また後の版にも次の記述があります。

Switching Roles:Players switch roles between stories; a player may have both a Magus character and a Companion,playing whichever one best fits a story,but never playing both at once.(第三版p.14)

Generally,each player creates a magus,a companion,and one or more grogs.In the troupe style of play,you will switch between playing your magus and companion as needed throughout the saga.(第四版p.16)

これらの記述にあるように、各プレイヤーは、各々がマギ1名とコンパニオン1名を作成し、シナリオに合わせてそのどちらを使用するかをプレイヤーが選択するのです。キャラクターを使うのはそれを作った本人であって、他のプレイヤーではありません。

なお、グロッグの共有については合っています。

2、プレイヤーの人数とキャラクターの人数

このリプレイの中には、マギ4名(レッドキャップはコンパニオンではなくマギです)、コンパニオン5名、グロッグ3名の、計12名です。前項で引用した文からも分かるように、このキャラクター構成からすると、プレイヤーは(マギ4名+コンパニオン5名で)9名いなければなりません。

しかしおそらくこのプレイに参加しているプレイヤーは4名であると推測されます。

根拠の一つは、記事の中にあらわれる登場人物相関表です。これによると、コンパニオンとグロッグの名は何故か二人ずつ、4人のマギの下に書かれています。これはおそらく著者が、各プレイヤーのコンパニオンとグロッグはそのプレイヤーのマギの連れである、という発想を持っていたためではないでしょうか。各マギの下に名を連ねているキャラクター名を次の表に記します。

  • グループA / JJJ(マギ)、ジジ(コンパニオン)、エレオノール(グロッグ)
  • グループB / ビットーリョ(マギ)、バルトロメオ(コンパニオン)、アロンソ(グロッグ)
  • グループC / ヒヤシント(マギ)、シヴィーユ(コンパニオン)、ガスパール(コンパニオン)
  • グループD / アンドレイ(マギ)、コンラード(コンパニオン)、ドロティ(グロッグ)

もう一つの根拠は、リプレイ中に見られるプレイヤーの発言です。このリプレイ中に会話形式でのやりとりは、独立した11の場面に分かれていますが、各場面ごとに発言しているキャラクター名をまとめたのが次の表です。

  1. 川をさかのぼる / ジジ(A)、ビットーリョ(B)、コンラード(D)
  2. 熊と遭遇 / JJJ(A)、バルトロメオ(B)
  3. 見張りの者と / ヒヤシント(C)
  4. マギの寝室で / JJJ(A)、シヴィーユ(C)
  5. 研究室(1回目) / ヒヤシント(C)、ガスパール(C)
  6. 研究室(2回目) / ビットーリョ(B)、アンドレイ(D)
  7. 菜園 / ジジ(A)、ヒヤシント(C)
  8. メリュジーヌと遭遇 / JJJ(A)、ビットーリョ(B)、コンラード(D)
  9. 羊皮紙を調べる / ジジ(A)、ヒヤシント(C)
  10. 幻を見せる / JJJ(A)、ビットーリョ(B)
  11. ケルターメン / JJJ(A)、ビットーリョ(B)、ヒヤシント(C)、アンドレイ(D)

各場面での発言者が少ないのを考慮しても、一例を除いて各グループから一人ずつしか発言していないことに注目して下さい。また唯一の例外もその記述は次の通りです。

ヒヤシント:インテレゴ・イグネムの<灰の問わず語り>いきまっす!

SG:暖炉は掃除されているけれど、燃えがらは見つかる。そだ、ここではどうしたわけだか魔術がちと効き難いよ。

ガスパール:それ、もしや・・・(笑)。ヒヤシントは接触の条件下では+4のボーナスがあるんだけど。(RPGM7,p.15)

このやり取りから推測して、後者が「ヒヤシント」の間違いであるか、両キャラクターのプレイヤーが同一人物であるかのどちらかです。(ちなみに「SG」とはストーリーガイドで、マスターの呼称です。)

これらのことから、このプレイにおいては4人のキャラクターが各々3人のキャラクターを手持ちにしてプレイしたものと考えられます。正しいプレイにおいては、グロッグは共有キャラクターですが、各プレイヤーはマギもしくはコンパニオンをどちらか一人だけ持ってプレイします。

3、熊との遭遇(RPGM7,p.14~15)

この場面で重要な役割を占めるのは、ビョルネール派のマギ、ビットーリョです。ビョルネール派(House Bjornaer)は獣との関係が深く、獣に関する魔術(AnimalのForm)を得意とします。

この場面の最初に、JJJという名のマギが獣の専門家をさしおいて火球を放つという、マギらしからぬ行動をとりますが、これはプレイヤーの問題ですからよしとします。

次に件のビットーリョがムート・メンテム(Muto Mentem=I transform mind)を試みていますが、この記事でも説明しているように、メンテムは獣には効きません。マスターは「魔儀士には責めに値する無謀だ!」(RPGM7p.15)などと言っていますが、それ以前にプレイヤーにちゃんとルールを説明しているかどうかの方が疑問です。

4、研究室(2回目)(RPGM7,p.16)

マギたちは霊の捜索をしようとします。

SG:亡霊そのものを検知できる定式呪文はないけど、インテレゴ・メンテム<思い為す者の過ごし振り>なら、死んだものも含めあらゆる意識ある存在の居場所と、その状態がわかるだろうね。

この呪文Sense State of Consciousnessは近くにいる相手の精神状態(寝ている、起きている、瞑想中、死んでいる、ラリっている、狂っている、など)を知るためのもので、相手の居場所を知ることはできません。

5、メリュジーヌとの遭遇(RPGM7,p.16)

この妖怪との対決の場面において、ビットーリョとJJJの二人のマギが呪文を使います。前者の際には問題はありませんが、後者JJJの時に記載されている処理に誤りがあります。その部分(RPGM7,p.16)を引用しつつ説明します。

JJJ:ペルド・オーラム<奪われたる喘ぎの盗人>。成功なら一瞬呼吸ができなくなって、疲労レベルがひとつ自動的に下がるんだよね。Lv10なら簡単さ。

SG:エンゲージ(接敵)してる目標だから、命中難易度は9以上だ。

JJJ:照準なら持ってるよ、ほら成功。

この呪文には、「命中(targeting)」の判定は必要ありません。

SG:まだだ、相手は自然抵抗でなく魔力で抵抗する。メリュジーヌの持つ魔力は20。シンプルロールを加えて値は23。そっちは普通の呪文のロール値に突破値をプラスして、値が23を越えないと抵抗されるぞ。今回は相手の魔力の値の方が呪文の難易度より大きいけれど、難しい呪文の場合は、抵抗は退けたが投射には失敗した、という場合もあるからね。これは当然効果なしだ。

JJJ:突破の才能も持って生まれてるっ、25!

ダイスを振って足し算するマスターの方が、前の判定の出目に別の技能値を足すだけのプレイヤーより先行するというのも変な感じですが・・・これもプレイスタイルなのかな?

ちなみにMagic Resistanceは「like a shield that blocks a sword」(第二版p.66)と盾にたとえられる防御(=命中しても防御の可能性がある)であって、「抵抗は退けたが投射には失敗した」などという状況がありえないことは言うまでもありません。

SG:まだまだ早い。リクィジットがあるんだな。人間の姿をした腰から上にかけるんだからコールポレムだ。Lv10の簡単な呪文だけど、なんだかんだ制約があって難しいだろ?

リクィジット(Requisites)とは、呪文が複数のTechniquesあるいはFormsにまたがって関係している場合、関与するすべてのTechniqueあるいはFormsの値の最低値を判定に用いよ、というルールです。即ち、Requisitesは判定のダイスを振る前に検討する問題なのであって、マスターは完全に出すタイミングを間違えています。簡単な呪文を難しくしているのはルールではなくマスターなのです。

6、ことばの難解さ

私が最初にこの記事を読んだ時驚いたのは、用いている語句の難解さにでした。おそらく著者の個性なのでしょうが、語学に達者であるように推測されますので、もう少し平易な文にしてもらいたかったものです。

人の文体についてとやかく言うのも好ましくないので、記事中にあらわれる呪文名の原文を掲載するにとどめることとします。その方が、この記事の著者の翻訳傾向が理解されるとも思いますので。

書式
訳語(原文) / Technique&Form(カッコ内は第四版での変更)
RPGM7,p.14
やさ波の手押し(Push of the Gentle Wave) / Rego Aquam 10(15)
底知れぬ地より出づる焔弾(Ball of Abysmal Flame) / Creo Ignem 30(35)
RPGM7,p.15
裏腹の情覚り(Perception of the Conflicting Motives) / Intellego Mentem 15
童しき合点(Trust of Childlike Faith) / Perdo Mentem 10
空の澄まし気の清め(Air Clear and Pure) / Perdo Auram 10(削除)
春風吹く室(Chamber of Spring Breezes) / Creo Auram 15(5)
灰の問わず語り(Tales of the Ashes) / Intellego Ignem 10(5)
RPGM7,p.16
思い為す者の過ごし振り(Sense State of Consciousness) / Intellego Mentem 5(Guidelinesとして)
在りし焔の彩(Shadows of the Fires Past) / Intellego Ignem 5
荊の笞(Whip of Thorns) / Rego Herbam 5(Guidelinesとして)
奪われたる喘ぎの盗人(Thief of the Stolen Breath) / Perdo Auram 10
RPGM7,p.17
来し方の有り様(Image of the Past State) / Intellego Imagonem 15(類似呪文に併合)
RPGM7,p.18
トーキング・ヘッドの朧ろ影(Phantasm of the Talking Head) / Creo Imagonem 10

7、ストーリーの難解さ

文体以上に難解なのがそのストーリー・ラインです。一回読んだだけでは理解不可能なほど複雑な人間関係と、それに基づいた展開は、読んでいて気が遠くなりました。私がプレイヤーとして参加していたなら、おそらく卓に着きながら心神喪失に陥っていたことでしょう。

もちろんArs Magicaは、他のRPG同様、このようなストーリーにも耐えられるゲーム・システムです。しかしこのような複雑な展開がArs Magicaである、と誤解される恐れもありますので、第二版p.150に掲載されているストーリーパターンを記しておくことにします。

  • Vis Hunt:魔力の源であるVisを入手しに行く
  • Travelling:目的ある旅の道中に厄介ごとが起きる
  • War:戦争が起き、巻き込まれるか、関与しに行く
  • Exploration:入手目的や好奇心から廃虚を探索する
  • Faerie Forests:妖精に会って奇妙な体験をする
  • Troubleshooting:俗世間との間に事件が発生し、解決せねばならない
  • City Adventures:嫌われ者のマギが俗社会に潜り込む
  • Trouble on the Home Front:Covnantの平和な生活を守るべく努力する
  • Mystery:事件を解決するために謎を解き誰かの秘密を明かさねばならない
  • Tribunal:マギ同士の会議を演出する

同記事におけるシナリオは、Tribunalに絡めてのTroubleshootingもしくはMysteryというストーリーと思われます。

総評

以上、RPGマガジンNo.7所収のArs Magicaリプレイ&紹介記事に見られる問題点を説明してきました。数多くのルール使用の誤り、基本情報の不徹底などが見受けられますが、一番の問題点はむしろマスターの持つ特異なプレイスタイルです。

複雑なストーリーを難解な文体で表現することも同様ですが、それ以上に「ロールプレイ性重視」「ストーリー至上主義」などを、Ars Magicaが本来ルールブックで述べている以上に強調しすぎているように思われてなりません。この記事に掲げられたような看板はルールブックには見ることができませんし、いつもと同じようにゲームをしてる感覚でプレイしても十分面白い作品です。妙なこだわりはゲームの遊び手を減らすばかりか、間違った先入観を与え、本質を歪める恐れもあります。

とは言うものの、この記事が無意味なわけでは決してありません。未訳の優れたゲームを紹介したこの記事の貢献度は高く評価されねばならないものです。ルールの誤りや特異なプレイスタイルも、他に後続の記事があれば自然と修正されたでしょうから。

もっとも、この記事以後RPGマガジンの誌面に一度もArs Magicaの記事が載らなくなったのが、もしかして読者がその複雑さや特異さをマスターではなくゲームのものと誤解したのが原因ならば、その責は決して軽くないでしょう。

最後に

この記事は1990年のものです。七年も前の記事に難癖を付けるのは好ましいことではありませんが、古谷さんのサイトの「Ars Magica雑談所」という掲示板で、この記事が今でも貴重な資料として使われているらしいことを知りました。RPGマガジン等にその後但し書きが付いたという話も聞きませんので、この場で私の見解を記させていただいた次第です。

Ars Magica雑談所へ

Ars Magicaは、ゲームプレイに際して既に定式化しているスタイルの幾つかを破ることによって、ファンタジーというジャンルの前に新しい扉を開いた名作です。もしこの記事を読んで、この素晴らしいゲームを始める方がいらっしゃったなら、幸いです。