ゴールデンルールと成長点ルール

前々回の論考で予告した通り、今回は「ゴールデンルール」と「成長点ルール」との関係について考えます。「ゴールデンルール」の内「セッションの目的」では、「GMの権限」および「ルール運用で間違った場合」で説かれた(極端な)「ゲームマスター主導」とは異なることが説かれています。以下、考察。

卓上RPGのゲームシステムには、プレイヤーが担当するキャラクター(PC)の行動などによって点数が与えられ、その点数によってキャラクターの力量が高まる(成長する)ルールを採用しているものがあります。このような点数の呼称は「経験点」「経験ポイント」などと様々で、『AR2E』では「成長点」と呼ばれます。

「成長点」のような点数は多くの場合、特定の行為をしたPCに与えられ、そのPCのみを成長させます。もちろん、そのPCがゲーム内で死んでしまったなら、成長点は意味を持ちません。このような成長点は、ゲーム内世界の中だけで機能する、いわば自然法則のようなものです。どのような行為が成長に相応しいか、はゲームデザイナーによる「世界観」によって決まり、必ずしも参加者の楽しみとは関係ありません。

これに比して、FEAR製RPGシステムでしばしば採用されている、いわば「FEAR型成長点ルール」には、次のような特徴があります。

  1. 成長点は、キャラクターではなく、プレイヤーに与えられる。キャラクターが途中で死んでも、生き残った他のキャラクターと同じ成長点が得られる。
  2. 成長点は、プレイヤーだけでなく、ゲームマスターにも与えられる。プレイヤーが得る成長点が多いほど、ゲームマスターが得られる成長点も多くなる。
  3. 成長点は、そのプレイヤーが作成した、どのキャラクターにも使える。ゲームマスターは、プレイヤーとして作成した、どのキャラクターにも使える。

具体例として、『AR2E』における「成長点の配布」(『ルールブック(1)』p.219)は次の通りです。下記(2)~(4)末尾のカッコ内には参考として、巻末のサンプルシナリオをプレイヤー4人で遊んだ時に得られる最高点を示しておきます。

プレイヤーへの成長点の配布
(1) (PCが死んでも)セッションに最後まで参加したら、1点
(2) ミッションに成功したら、 GMの任意の点数(6点)
(3) 遭遇したエネミーのレベルの合計÷PCの人数(6点)
(4) 遭遇したトラップのレベルの合計÷PCの人数(1点)
(5) 「よいロールプレイをした」なら、1点
(6) 「他のプレイヤーを助けるような発言や行動を行った」なら、1点
(7) 「セッションの進行を助けた」なら、1点
(8) 場所の手配やスケジュール調整などを行ったら、1点
ゲームマスターへの成長点の配布
プレイヤーへの成長点の合計値÷3、プレイヤーが2人なら合計値÷2(24点)
場所の手配、スケジュール調整などを行ったら、1点

上記(2)~(4)は特に重要で、ゲームによっては変更され、明確な算定手順によって、他よりも多くの成長点が与えられます。ゲームデザイナーによってこの部分に示された内容に従って、ゲームマスターがシナリオを作成し、プレイヤーがキャラクターを動かせば、最も多くの成長点が得られるのです。

このような「FEAR型」の成長点は、プレイヤーやゲームマスターが貰える、いわばご褒美のようなものとなっています。ゲームデザイナーが示した通りに、回数多く遊ぶほど、多く貰えますから、そのゲームへの愛好度あるいは忠誠度を示す指標として、ゲーム内世界の外でも機能します。

さて、このような成長点ルールは、とりわけ参加者の参加姿勢を統一する点で、秀逸です。しかしながら、本当に「参加者全員ができるだけ多くの成長点を得る」「ように行動したセッションが面白く、そして楽しいものになるようにデザインされている」でしょうか。陽陰二通りの解釈を試みます。

まずは陽画的(ポジティブ)な解釈で、書かれたままに読みます。『AR2E』で言うならば、「できるだけ多くのエネミーやトラップと遭遇してミッションに成功する」ように参加者全員が行動すれば、と。しかし、エネミーやトラップとの遭遇やミッションの成功、あるいは成長点の多さに興味を示さない者もいますし、そういう者まで「面白い」「楽しい」と思うようなデザインとは考えられません。ゲームであれば何でも楽しい、という者もいますが、それはデザインと関係ありません。

そこで陰画的(ネガティブ)に、各要素を反転して解釈。「参加者の誰かが」「できるだけ多くの成長点を得られないように行動したセッションが」「不愉快で、つまらないものになるようにデザインされている」と。これなら頷けます。例えば『AR2E』で、プレイヤーの誰かがエネミーとの遭遇を避ければ、他のプレイヤーや、少なくともゲームマスターの分の成長点も減るようにデザインされています。エネミーとの遭遇の多さ、あるいは成長点の多さを喜ぶ者なら、減ったことを「不愉快」「つまらない」と思うでしょうから。

もし、成長点に「楽しさ」という価値が付加されなければ、ゲームマスターもプレイヤーも成長点ルールには拘らず、自分が楽しいと思うままに遊ぶでしょう。「ゴールデンルール」の「セッションの目的」の真の目的は、ゲームマスターやプレイヤーを成長点ルールに従わせ、「ゲームデザイナーの意図」通りに遊ばせることにある、と私は考えます。即ち「ゲームデザイナー主導」であって、次のようなヒエラルキーが成立します。

  1. ゲームデザイナー
  2. ゴールデンルール
  3. ユーザー(ゲームマスターとプレイヤー)

ところで、「ゴールデンルール」が無い場合はどうなっているのか、そのようなゲームシステムにFEAR型成長点ルールを導入するとどうなるか、などにも別途触れる予定です。その後、ここまで考察した「ゴールデンルール」がどのようなゲームプレイに向いており、また向いていないか、についても考えてまいります。