『北斗の拳』に見る三種類のドラマ

ドラマ」とは、演劇をはじめとして、劇的な展開を生み出すあらゆるものを指す語です。小説やマンガはもちろんのこと、スポーツや現実の事件などにも用いられます。卓上RPGのゲームプレイも、その結果が劇的であれば、「ドラマ」の一種となりえます。

この論考では、「ドラマ」を構成する三つの要素「ワールドセッティング」「キャラクター」「シチュエーション」について考察します。これら三者は常に共存するものですが、三者のどれが優勢となるかによって「ドラマ」の性格が変わります。

  • ワールドセッティング」(World-setting)とは、世界設定のこと。即ち、「ドラマ」が展開する背景にある物理法則や歴史、地理や国家、文化や宗教など。これが優勢となる「ワールドセッティングの上のドラマ」では、キャラクターはその世界に存在するであろう人物であり、シチュエーションはその世界で起こるであろう状況から逸脱しない。
  • キャラクター」(Character)とは、人物設定のこと。即ち、「ドラマ」に登場する人物の、出生や成長、性格や思想、能力や嗜好など。これが優勢となる「キャラクターの間のドラマ」では、ワールドセッティングはその人物を生み出すために構築された世界であり、シチュエーションはその人物を活躍させるために用意された状況に他ならない。
  • シチュエーション」(Situation)とは、状況設定のこと。即ち、「ドラマ」の周辺にある事件や謎、難題やトリック、戦争や恋愛など。これが優勢となる「シチュエーションの中のドラマ」では、ワールドセッティングはその状況を際立たせるために凡庸となりがちであり、キャラクターはその状況を構成するに必要な最低限の深みのみ与えられる。

これら三要素は、私が愛するマンガ(のひとつ)『北斗の拳』(原作:武論尊、作画:原哲夫、集英社)について考える内に導き出されたものです。そして『北斗の拳』全245話の過程で、どれを優勢とするかは次の三段階で変移していきました。(※下記の巻数は、値段的にも現在入手し易いであろう「集英社文庫(コミック版)」に倣います。)

  1. 第1巻「心の叫び」から第2巻「死神は欺けない」までの25話は、「シチュエーションの中のドラマ」。「近未来の暴力が支配する世界で、暗殺拳の伝承者が弱き人々を救う」という状況設定が優勢となっている。登場人物の性格や過去などは、その状況を成立させるためのもの。日本の関東地方らしき世界は、現代との差異を強調する程度。
  2. 第2巻「南斗の男!」から第9巻「さらば強敵よ!」までの111話は、「キャラクターの間のドラマ」。ラオウやトキなどの北斗兄弟や、南斗聖拳に関わる者たちの人物設定が優勢となっている。各登場人物の過去と現在を示すもの以外に、世界設定は扱われない。人物同士が出会い、協力あるいは闘争する場面としてのみ、状況が示される。
  3. 第9巻「若き狼の叫び!」から第15巻「さらば愛しき者たちよ...そして荒野へ...」までの109話は、「ワールドセッティングの上のドラマ」。修羅の国やサヴァ、ブランカなど、様々な世界設定が優勢となっている。新たな登場人物は、国々の設定に基づいて作られている。状況も、各国の歴史を前提に、その命運を問うものとなっている。

さて、この『北斗の拳』への感想として、「面白かったのはラオウ編まで」「ラオウが死んだ後の話は憶えていない」というものがあります。このような意見はおそらく、「キャラクターの間のドラマ」なら楽しめても、「ワールドセッティングの上のドラマ」を楽しむ能力には不足していた者から発せられたものでしょう。何かを「楽しむ」というのは、間違いなく「能力」の一種です。

上記三者の内では「ワールドセッティングの上のドラマ」が、楽しむ難度が最も高い、と私は考えています。「大人向け」というか、ひとつの世界を丸ごと受け入れるには、想像力だけではなく、準備のための手間暇、更にそれなりの人生経験までも要求されますので。それらが不足すると、独りよがりな解釈に留まり、他と共有できるものにはなりません。

シチュエーションの中のドラマ」は、三者の内で最も容易です。面白いアイデアがひとつあれば興味を集中させることができますから、読み切り作品などで通例用いられます。私が愛する(別のひとつ)『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦、集英社)もまた好例ですが、ただしこの作品のようにアイデア勝負を長期間継続するのは至難の業です。

ところで「キャラクターの間のドラマ」は、いわゆる「セカイ系」に通じます。ごく少数の人物だけで世界の命運を決し、それ以外は重視されない、という点が共通するのです。そういう「選ばれた人間」になりたいという願望は誰にもありますし、特に自信を確立できていない者にとっては、代償行為として人気を得るのかも知れません。

以上は、「ドラマ」全般の話。卓上RPGに限った話は、また別途。