(13)のつづき。
- GM(ひとつの指輪の魔王)
- どうにか風邪が治って、前回(13)の記事を改めて読んだところ、間違いを発見しました。次のように訂正します。
- PL2
- 次々シーンを作られても、イベントカードが足りないよ!
- GM
- 採用。
シーンカードイベントカードを全員にあと3枚...、20枚ずつ追加する。
- PL2(失われた小人族の狩人)
- 反省、反省。反省できるのは、反省すらできないよりもマシだね。
- PL1(古き血の剣士)
- さて、我が剣士は夢魔を撃退したので、シーン「占い小路」の占い師に魔法の指輪を探させたい。これってイベントっぽいのだが、アクションカードを書くのか?
- GM
- その通り。イベントとアクションとは表裏一体なのだよ。言わば、他のPCに一回だけ差し向けるアクションが「イベント」、自分のPCに継続して与えるイベントが「アクション」。
- PL1
- 言いくるめられた。「占い師に探し物を占ってもらう」ならコモンアクションかな...。いや待て、夢魔を倒した記念に、プライベートアクション「指輪の幻夢を見る」ことにしよう、剣士にとって継続可能なイベントとして。どうとでも使えそうだが、どう使うか考えるので、お次どうぞ。
- PL2
- う~~ん、何をしようかな、思いつかないよ。「何をしても良い」でも、思いつかないのは仕方ないよね。
- PL3(血に飢えた野蛮人)
- 「何をしても良い」なら、「何もしなくても良い」だろ。自分のペースで遊べば良いさ。思いついたら、いつでも言ってくれ。
- GM
- そうそう、気軽にやろう。「何をしたいか分からない」なら、他の参加者の行動からネタを手に入れるまで待てばいい。勝手に「何をすれば良いか分からない」などと苦悩しないように。
- PL1
- 「自分が何をするか」を決めるのと同じくらい、「他の参加者が何をしてくるか」は楽しいからな。
- GM
- その姿勢が、「すべての時間を皆で楽しむ」ということだよ。
- PL3
- 「何をすれば良いか」は、結局はGMの脳内当てだからな。分からないと苦痛だが、明示されても不満だぜ。プレイヤーは、シナリオの奴隷じゃあない。
- GM
- 奴隷は言い過ぎだが、「部品」ではあるだろうよ。楽しむペースは人それぞれのはずだが、楽しむことよりも時間管理、人間管理の方が優先される。「プレイ時間を人数割りして、一人当たり何時間」という発想もそれで、まるでノルマだ。もっとも、シナリオを「ゲームプレイの可能性」ではなく「正解」と捉え、その通りであることを喜ぶ者もいるし、遊び方のひとつとしては認めざるを
- PL2
- どうでもいい雑談(Tabletalk:テーブルトーク)を聞いてる内に、思いついた。本当は一週間考えたのだけど、リプレイではすぐに思いついたことになるよ。イベント「富豪から魔法の指輪を探すよう依頼される」に乱入して、プライベートアクション「指輪の力で心を読む」で、商人がなぜ指輪を探しているのかを知る!
- GM
- ほう、その指輪にそんな魔力があったのか。
- PL3
- あんたが作った指輪じゃないのか。
- GM
- 作り手にも把握しきれないところが、魔法の恐ろしさよ。
- PL1
- こんな魔王で、この世界は大丈夫か。
- PL2
- ははは、とっとと商人の背景をゲロしてよ。GMが書いたイベントでしょ。
- GM
- あ、忘れていたし、考えてなかった。こういう時は、卓上(Table-top:テーブルトップ)のカード群にネタを求め...、お、これ(妖魔の森)を使おう。商人が森の中で、妖魔から魔法の指輪を持ってくるように命じられている光景が見えたよ。
- PL2
- へぇ!何か事情がありそうだね。その辺を商人に問い質すよ。
- GM
- 妖魔は子供を拐かすんだっけな。商人の娘が森で行方不明になって、それを返す代償として魔法の指輪を求められたんだ、きっと。
- PL3
- 妖魔め、外道だな。叩っ斬ってやる。
- PL1
- 叩き斬っても、問題は解決しないような気がする。
- PL2
- 僕に任せなよ!と商人に言って酒場を出ていく、というところで、ちょっと休憩。森に行く前に何かできないかなぁ?
- GM
- では、いよいよ我らか。魔王は、この野蛮人、怖いぞよ。
- PL3
- よおし、魔王と一緒に「妖魔の森」に登場だ。イベントカードは俺がひいていいか?PL1の「魔の霧で方向感覚を失い、さまよい続ける」か。魔王、何かするか?
- GM
- 新たなプライベートアクション「魔王の第三の目は、求める物を見つける」で解決!しかも老婆の孫まで、一直線!イベントカードは我がアクションカードとなり、PL1にイベントカード補充。
- PL2の独白
- それって指輪を探すのにも使えるんじゃ...、黙ってよ。
- PL1
- 粛々とカードを書く。コモンシーン「妖魔の森の奥にある古塔」と、そのためのイベントを追加。
- PL2
- コモンシーン「霧の妖魔」も作ったよ。あと、僕もイベントカードを...。
- PL3
- なんだかんだで、それっぽい物語になっていくな。シナリオが事前に無いゲームプレイとはこのようなものか。
- GM
- シナリオというと、起承転結がある程度固まっていることが多いのだけどね。本来は卓上RPG(Table-top RPG)に、きちんと決められたシナリオなど必要ないのだ。テキトウなダンジョンをひとつ作っておく、世界設定資料集からネタを拾う、ランダム表を使う、などの方法がある。
- PL2
- その方が、GMは楽だね。シナリオを作る手間が省ければ、労力はプレイヤーとあまり変わらないんじゃない?
- PL1
- だが、それじゃ、ちゃんとした物語にならないじゃないか。
- PL3
- きっと、時間通りにも終わらないぞ。
- GM
- 時間通りに物語ができあがるようにしたいので、そういう「遊び方」が求められたのだ。GMの労力はやたらと増えたが、小説家のような喜びを得られるようにもなった。他方プレイヤーは、GMの作ったストーリーを読者のように楽しむべきとされた。さもなくば、小説家の真似事をしたいGMがいなくなり、GM不足の時代に戻ってしまうからね。
- PL2
- そんな時代があったこと、もう誰も知らないよ。
- PL3
- 偉い人の言いなりになれば楽だし、映画とかよりも安く物語を鑑賞できるんだから、アリだと思うぜ。それを本当に面白いと思って、やってるんだろうしな。
- PL1
- シナリオ個々ではハンドアウトなどから、シナリオに拘らない部分はリプレイから、「何をすれば良いか」を学べる。ユーザーが規格化されれば、市場も安定するというものだ。面白さはともかく、「よくできている」。
- GM
- うん、「市場の安定」は良い結果だ。ただ、止むを得ないことだが、そこに「業界人の原罪」があることも憶えておこう。あるものに関する「市場」「業界」を成立させるために、しばしばそのものを変質させてしまう。マスメディアや宗教なども、組織や業界を安定させるためには、「正しさ」を選ばないことがある。正しさよりも、正しいと思い込ませることが大切だ、とかね。卓上RPGにも同じような人間がいて、例えば「プレイヤーに自由にさせる」のではなく、「自由であると思い込ませておけばいい」などと言って憚らない。マインドコントロールが好きというか、そういえば「TRPG冬の時代」というフィクションは最も成功した洗脳、おや誰か来たようだ。
(15)につづく。